個性豊かなクラスで、2年前の4月に入園してから、ぶつかり合いながらも みんなでたくさんの楽しいことに出会いながら、生活を重ねてきました。
そんな仲間たちが、一番大きいクラス、うみぐみになった今年の4月のことー。
ある日、優子先生がお部屋に訪ねて下さると・・・
「今、幼稚園にお届け物があってね、一番大きいクラスの方たちでお世話をしてくださいって頼まれたの。種なのか、卵なのか、何だか分からないんだけれど、うみぐみさんが お母さんとお父さんになってくれる?」
と、小さな小さな粒が入った箱を届けてくださいました。
お世話をお任せされた子どもたち。初めはそれが何なのかもわからず…
「くろいたまご?」
「すいかのたねかな?」
「かぼちゃのたねだね。」
「きっと ごまだから、かわを むいてみようか。」
「たね なら、おみずを あげたほうがいいよね!」
ー ー ー ー ー ー ー
数日経つと、粒の色に少し変化があり、そこから また数日経つと、粒から何かが生まれてきました。
「ちいさくてかわいいねー!」
「くろいから、くろちゃんだね!」
「きょうは、くろちゃんのおたんじょうび!」
「みんなにもみせてあげなくちゃ!」
生まれてきたことが嬉しくてたまらなかった子どもたちは、“ くろちゃん ” と名付け、可愛がりはじめました。
くろちゃんの お母さんとお父さんになった子どもたちの最初のお仕事は、お腹を空かせている くろちゃんのための、エサ探しでした。
「きっと、はっぱたべるよね!」と考えた子どもたちが 園庭から見つけてきたのが、バラの葉・ミカンの葉など、四種類の葉っぱ。
「ばらとみかん ぜんぜんたべないね。」
「 このはっぱのうえに みんな のってるよ!」
「くろちゃん、このはっぱ、すきなのかな?」
「これ、バラのアーチの よこにある き のはっぱだ!」
「それは、くわのは だよ!」
くろちゃんが、桑の葉を食べるということがわかり、勢いよく桑の葉を集めだした子どもたち。実は、幼稚園の桑の木に、うめぐみの頃から登っては桑の実を食べて親しんでいたのでした。
そのため、「くわのは とってきまーす!」と言いながら木に登っては、真っ先に 自分たちが桑の実を食べているすがたがありました。
みんなが大好きな桑の実。食べることを少し我慢して、毎日 コツコツと集め、桑の実でジャムを作ってみることになりました。
「たくさん あつまったね!」
「まずは、くわのみの はさみやさん しよう!」
「おさとう、たっぷりいれてね!」
「おなべで ぐつぐつ にるよ~!」
「おいしくな~れ! まぜまぜ・・・」
「くわのみじゃむの できあがり~!」
「いただきまーす!」
「あまくて、おいしいね。」
さて、桑の葉を食べることが分かったくろちゃんの正体は、一体何なのでしょうか。5月の連休が明け、久しぶりに幼稚園に来てみると、少し体が白くなっています。
「しろくなったから しろちゃんだね。」
そんなある日、ある方が図書館に行って、一冊の本を持ってきてくれました。
『ぜんぶわかる!カイコ』(ポプラ社)
「くわのは たべるんだって! かいこさん っていうんだけど…。」
「たしかに、くろちゃんに にているね!」
「かいこさん っていうんだね!」
ようやく、4月からお世話をしていた くろちゃんの正体が分かりました。 カイコ だという事が分かると、お世話にも より一層、力が入る子どもたち。登園の途中に桑の葉を集めてきてくれる方や、週末には家に連れて帰って お世話をしてくれる方もいました。
一方、幼稚園では、桑の葉を与えれば与えるだけ むしゃむしゃと食べ続け、ウンチをする カイコさんのお部屋の掃除を毎日、しなくてはなりません。けれども、子どもたちは、日に日に大きく成長するカイコさんのことがとても愛おしく、お世話することを積極的に楽しんでいる姿がありました。
「みてみて!えぷろんに くっついてるよ~!」
「くいしんぼうな かいこさんだね!」
毎日、大好きな桑の葉をたっぷりと食べて、子どもたちの愛情もたっぷりと受けて、どんどん大きく成長していっていた カイコさん。 それまで、お部屋にあるテーブルでお世話をしていましたが、お弁当のときなどにも そのテーブルを使っていたため、カイコさんのお世話をするための専用のテーブルを作ろうということになりました。
「てーぶる つくってみたいけれど、つくりかた わからないんだよね。」
「おとうさんなら しっているけれど、おしごとにいっているから…。」
「きっと、たけしせんせいなら、しっているんじゃない?」
健先生なら、作り方を知っているのではないか・・・という考えになった子どもたち。みんなの想いが一致したときの子どもたちのエネルギーは素晴らしく、お部屋を駆け出し、事務室まで全力で走って 聞きに行くほどでした。
早速、設計図を書き、初めての大工仕事に挑戦です!
「のこぎりは、こうやって使うんだよ。」
「はじめてだから、どきどきするなぁ・・・」
「きれるかな・・・」
「よいしょ、よいしょ!」
「脚をつけたら、出来上がり!」
テーブルが完成すると、うみぐみの子どもたちだけでなく、他のクラスの仲間たちもうみぐみのお部屋に遊びにきて、カイコさんとたくさん触れ合っている姿がありました。
「かいこさん、かわいいね。」
「ぷにぷにしてて、きもちいいね。」
ある朝、登園してきたこどもたちがカイコさんを見てみると、姿を少し変えています。 体が少し黄色くなり、頭を振り上げ くるくると回し、糸を吐き出し、まゆを作り始めたのです。
「かいこさん、くちから いとだしてるよ!まゆを つくりはじめたんだ!」
「えほんみたいに1つずつ おへやを つくってあげないとね!」
カイコが繭を作りはじめたら、1つずつお部屋を作るということを絵本で見ていた子どもたち。早速、厚紙とハサミを使って作りはじめました。
繭になったカイコさんが、この後、どうなっていくのか。
ある日、みんなで、かがくのともの『かいこ』という絵本を読みました。
絵本を読んだことでわかった事が、
・まゆの中でカイコはサナギになり、その後、蛾になって出てくる。
・一匹の蛾は、500個の卵を産む。
・蛾は、卵を産むと死んでしまう。
・繭をお湯で茹でると、糸や綿にする事ができる。
絵本を見る子どもたちの表情は、真剣そのものでした。そして 、ここから、今後 カイコさんをどうするのかという、話し合いの日々が始まりました。
「そだてたい!」
「たまご、また らいねんも そだてるのはどう?」
愛情たっぷりにカイコさんを育ててきた子どもたち。カイコさんのことを みんなはどうしてあげたいのか…とお聞きした時の答えは、「そだてたい!」というものでした。
しかし、育てるということは、その先のことも考えなくてはなりません。お部屋には、100匹以上のカイコさんがいます。そのカイコさんが一匹当たり500個の卵を産むとなると…….。
「ひとりに 1こずつ くばるのは、どう?」
「つきさんと うめさんに たのんでみようか?」
「みんな、そだてかた しらないよ。」
「おしえてあげればいいよ。」
「ずっと、わたしたちが おせわしたいな!」
「しょうがっこうに いくから、ずっとは できないよ…。」
「でも、ゆうこせんせいに、“ おかあさんとおとうさんになってね ” っていわれたよね?」
ずっと育てたいという気持ちと、卵の個数や自分たち自身のこれからのことを考えると難しいのではないか、という気持ちの間で揺れ動く子どもたち。
ここで、“ カイコさんは卵を産むことだけが幸せなのか ”ということや、“ カイコさんにとっての一番 幸せな形を みんなで考えていきたい ”ということを、担任から子どもたちにお伝えしました。
「 たまごをうむのはしあわせだけど、しんじゃうのはいやだよ。」
「“ うみさんでそだててね ”っていわれたから、そだててあげないといけないよね?」
「たまごをうむのが、しあわせだよ 。」
「そだてられないんだよ?」
「そだてられなくても、たまごをうむのが しあわせだよ!」
「たまご だいじだから、だいじにだいじにそだてたらいいんじゃない?」
「いともらってさ、ぬいぐるみとかつくるのはどう?」
「かいこさんはどうするの?」
「さなぎがはいってるのに、ゆでられる?」
「かいこさんが しぬのはいや。」
「わたしは がにしたいよ。すこしでも ながくいきてほしいから。ゆでたら すぐ しんじゃう。」
「でも、いと とってみたいかも。」
「いとにしたら、ししゅうとか できるんじゃない? 」
「それ いいかも!」
「いとって そめられる?」
「おにんぎょうとか、ししゅうとかすれば、おもいでになって
わすれないでいて あげられるんじゃない?」
「それは いいかもしれないけどさ、やっぱりゆでるのは、
が になってでてくるまで まちたい!」
子どもたちの話し合いの中で出てきた言葉です。どの言葉にも、カイコさんへの想いを感じます。言葉にはできない内に秘めた想いもあったと思います。
少しでも長く生きてほしいという想いが、思い出になって忘れないでいてあげられるという想いにつながり、姿は変わってしまうけれど存在し続けるということー。
一人一人の想いを確認し、今回は、糸や綿にするという選択をすることになりました。
繭を初めて煮る日。話し合いでは、煮るということに納得したけれど、「わたしは、にるところはみないからね」と言っている方もいるほど、それぞれがたくさんの想いを抱えて、この日を迎えました。
「おなべにいれるときは、やさしくだよ。」
「そーっと、そーっとね。」
「ぼくは、みているだけにする!」
うみぐみは、一人ひとりが
「すごい!いとが でできたよ。」
「やっぱり、ぼくもやってみようかな。」
うみぐみは、一人ひとりが「まわた、ふわふわだね~!」
二週間という時間をかけた話し合い。この時間が長いのか短いのか、感じ方はそれぞれだとは思います。ですが、この時間はともに成長する私たち大人にとっても、悩み苦しみながらの日々でした。
5歳の子どもたちと 命に向き合う毎日を、過酷と感じる方もいらっしゃるかもしれません。今のうみぐみの仲間たちも、入園当初は初めての集団生活に戸惑い、泣くことで必死に自分の想いを伝えようとする日々でした。それでも、たくさんの楽しいことを見つけ、楽しいことをみんなで分かち合い、これまで積み重なってきた生活があったからこそ、ともに向き合うことができたのではないかと感じています。
これからも、子どもたちの興味のあることや、子どもたち一人ひとりに対して、まっすぐに向き合っていきたいです。
また、今後の生活の中で、子どもたちとカイコさんの繭を使って、何か形にしていきたいと思います。何が出来上がるのかは、お楽しみに!